福沢諭吉と渋沢栄一

2011年12月5日


諭吉さんと栄一さん
明治の動乱期、1人は日本人の思想に、1人は日本の経済に大きな影響力を与えました。
まあそんな感じでこじつけて2冊





諭吉さん。
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自伝です。
「学問のすすめ」のイメージが強く、先生って感じでしたが、実は非常にぶっとんでおられる方でした。

塾生時代、
役人に偽装して芝居をただで見物したり、酔っ払って橋の上から芸者に皿投げつけたり、
勉強頑張ってる塾生に女の偽手紙書いて妨害したり、料理飯屋に行けば小皿や湯呑を万引きしたり、
禁酒して気をそらすために嫌いなタバコを吸ってしまい、結局酒もタバコもやめられなくなったり…

どうしようもないですね。

ただかなり勉強してます。昼夜の区別無く書を読み、まともに寝てなかったそうです。
そして、塾生たちは目的なく苦学したことが幸せであると言っています。
みんなドMであるということも考えられますが、これこそ純粋な勉学で、重要なことかもしれません。


「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」この言葉も別の一面が見えてきます。

諭吉さんは下級武士出身で、小さい頃から身分が上だからと偉そうにしてる人が大嫌いでした。
また、母がどんな人も分け隔てなく接する人でした。子どもの頃、母が女乞食のシラミを取ってあげて、諭吉さんが50匹以上のシラミを石で潰していました。これは諭吉さんも非常に嫌だったようですが…
そして、基本上っ面で人に褒められても嬉しくもなく、悪く言われてもどうでもよく、無頓着。
悪く言えば人を馬鹿にしていたようなものと述べています。
これはちゃんと自分の考えがあり、大事なことは何か、常に考えていたからではないでしょうか。
ちょっと面白いのが諭吉さんが旗本の頃の話

江戸で御家人のことを旦那と言い、旗本のことを殿様と言うのが一般の慣例である。ところが私は旗本になったけれども、もとより自分で殿様なんて馬鹿げたことを考えるわけもなければ、家内もその通りで、いつもと少しも変ったことはない。そうすると、ある日、地己の幕人が玄関に来て「殿様はお内か」「いーえそんな者はおりません」「お内においでなさらぬか、殿様は不在か」「そんな人はいません」と、取り次ぎの下女としきりに問答している様子、狭い家だからすぐ私が聞きつけて、玄関に出てその座敷に通したことがあるが、なるほど殿様と言って下女にわかるわけはない。私の家の中で言う者もなければ、聞いた者もない言葉だから。


「一身独立して一国独立す」これも

アメリカ、ヨーロッパと海外を見た上で、圧倒的な国力の差を知ったことが大きいようです。
欧州から帰国したのが1862年。1864年に「西洋事情」「学問のススメ」「文明論之概略」などを次々に公刊しています。
攘夷一色の日本を憂い、周りに流されず勉強しろ、自分の頭で考えろってことが言いたかったのでしょう。
更に当時の状況について
日本では諸藩残らず攘夷藩で徳川幕府ばかりが開国論のように見えもすれば聞こえもするようでありますけれども、正味の精神を吟味すれば、天下随一の攘夷藩、西洋嫌いは徳川であると言って間違いあるまい。
と述べています。井伊直弼すら筋金入りの攘夷家だそうです。
自分が一番攘夷したいのに、国のため嫌々開国し、攘夷派に説明しても理解されず、
最後は攘夷派に殺されるって切なすぎます。
この時日本人は一種の思考停止に陥ってますね。大戦の時と似たような感じです。
いや~ほんとに無知っていうのは恐ろしいです。



栄一さん
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もっと有名になっていい人です。
みずほ銀行、王子製紙、東京海上火災、JR、東京ガス、日本郵船、サッポロビール、帝国ホテル等々
約470の会社の設立に携わり、日本商工会議所、東京証券取引所の設立にも中心的役割を果たしました。更に、一橋大学、早稲田大学、同志社大、日本女子大といった大学の創設にも関与し、明治神宮の外苑を造成する計画の中心人物にもなっています。元気過ぎです。

栄一さんは元々官僚でしたが、国の発展には経済力が不可欠として官僚を辞めました。
この時代はまだ商人の地位が低い上、商売に学問は不要と考えられていました。
そんな中、商人の質と地位の向上と、経済の発展を目指しこの考えを打ち出しました。

資本主義の問題を見抜き、商いがどうあるべきか、論語を軸に考えています。
まず「士魂商才」を提唱しています。
人の世の中で自立していくためには、武士のような精神「士魂」が必要であるとともに、
「商才」がなければ自滅を招くようになる。
そしてそれはどちらも論語で養成できるということです。
アダムスミスの国富論と道徳感情論的な感じで、道徳的な考えを基に大いに商いしよって感じです。
論語の詳しいとこは省きまーす。
ただ今の時代も考えさせられるとこを2点。

そもそも現代の青年は学問を修める目的を間違っている。論語にも「昔の人間は、自分を向上させるために学問をした。今の人間は名前を売るために学問をする」という嘆きが収録されている。

政治の世界で、今日物事が滞ってしまっているのは、決めごとが多すぎるからである。官僚たちも形式的で、たとえば物事の本質を考えようとはせず、自分にあてがわれた仕事を機械的に処理することで満足してしまっている。いや、官僚ばかりではない、民間の会社や銀行にも、このような風潮が吹き荒れているように感じられるのだ。もともと形式に流れるような風潮は発展中の元気な国には少ないものだ。逆に長い間の慣習が染みついた古い国には多くなる。徳川幕府が倒れたのはこの理由からでもあった。

最後にかなり感動した話。ちょっとはしょってるけど…

1878年栄一は岩崎弥太郎(三菱財閥の創始者)から強者連合の誘いを受けるがこれを断る。
栄一はあくまで国を富ませ、人々を幸せにする目的で、事業育成を行っていた。業界を育てるといった観点から、ライバル関係にある会社の役員をともに務めて批判を受けたことがあったが、彼は自分の大義に照らしてひるむことがなかった。のちに彼は「わたしがもし一身一家の富を積もうと考えたら、三井や岩崎にも負けなかったろうよ。これは負け惜しみではないぞ」と語っていたというが、確かに三菱(岩崎家)、三井(三井家)、住友(住友家)のような財閥を作らなかった事実が栄一の氷心を見事にあらわしてもいる。もし栄一が欲得に目がくらみ、岩崎弥太郎と結託する選択をしていたなら、後の日本の資本主義は、おそらく今とは形の違うものになっていた可能性が多い。栄一の揺るがぬ信念があったからこそ、現代のわれわれはその果実の恩恵に浴し、世界有数の経済大国の地位を享受している面があるわけだ。


やっぱり後半めんどくさくなります。
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by kagosima1023 | 2011-12-06 05:05 | 考えごと


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